とてもとてもとてもユルいつながり

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最近おいら自身もあんまりついったに貼り付いてないのだけど、たまたまTL眺めてたら、懐かしい子からツイートが…と思ったけど、ブクログからの自動投稿で、そっちはボチボチやってたんだね。読み書きの好きな子だったから。

…と思って、彼女のブログを久しぶりに訪れる。これまた半年とかそれ以上単位で思い出しては見る程度になってるんだけど。あぁ、頻度は下がってるけど、続いてはいた。

彼女の文章は、大分以前にSNSでバズり続けてた時からとても好きで、今は隠れてる訳じゃないけど、敢えて(?)、そういったニポンのネット猛者のバズりやすい所とは無縁な所でひっそりとやっていて、こうやってたまに見に行くと延々とさかのぼる。近況も表現も楽しみつつ。

…と、こんな記事がw

おいら、この記事のひとつ前の記事に、はてブしながら薄っすら生存確認した事をコメントしてたんだな。自分でも忘れてた。季節2つ越えてから返事確認っていう。

普段から顔つき合わせてても繋がり感のない人や、物理的距離から繋がり深める人や、こうやって、ほとんど接点なくても薄~~~い繋がりに、忘れた頃に気づく人もいる。


そういえば、数週間前にもそんな薄い繋がりが交わったことがあったな。たんぶらで仲良くなったスウェ人さん。

これまた、その人自身が殆ど訪れなくなってたついったに、ついったの過去ポスト全消しした上で、自身のちょっとツラい近況をツイートした後で、

ここに何も書かなくなって久しいけど、書きたい言葉もない。だけど、アカウントを削除するのもバカげてる気がする。感傷的かな?
(※スウェ語→英語のググる翻訳…からの意訳)

って投稿したのをたまたま見かけたから、

私は、あなたが望む時にいつでも帰ることの出来る場所があるのは、よいことだと思います。そうしておくことが嫌でなければ。?

って返したんだよね。

妙にしゃっちこばったニポン語で返したのには理由があって、この人とは以前よく、自分の言いたい事を、敢えて相手の母語に機械翻訳して投げあってて、その、意味は通るけど母語話者としては微妙に不自然な言葉を楽しんでたんだよね。

なので、その逆バージョン(?)的に、機械翻訳で薄々正しく翻訳されそうな自分の母語、ニポン語で書いてみた(…がしかし、後でググる翻訳通してみたら、英語への翻訳も、特に後半、微妙に逆の意味になってる気がして萎えた。けど、本人には恐らく言いたいことは伝わってた、みたいかな)。

その後、DMで久しぶりに少しやり取りして、彼はその後、またついったにも殆ど訪れなくなってる様子。

でもまぁ、何かあればまたどこかで交わるだろうし、仮に再び交わることがなかったとしても、妙に大きな喪失感は持たず、変わらずユルい繋がりの友人としてあり続けるような気がする。ユルすぎるが故に、失うこと自体もない友人関係。友人関係と呼んでいいのかもわからないけど。

友人なんて、濃い繋がりの友人すら沢山はいないけど、こういうユルくて薄い友人・知人がそこそこ出来るインタネットは、やっぱり嫌いじゃないな。

本日のボヤき

なんだかなーなんだかなー。精神状態で仕事の対応品質レベルが変わるの、困っちゃうんだよなー。人のことも言えないから、おれ自身もその辺はちゃんと頑張らなきゃだけどなー。

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