つい消しをみた~本物はどっちだ

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普段はついった眺めるのに TweetDeck を使ってて、大抵は各種画面の後ろに置いている。

しっかり見てる時は、いくつかのリストや検索キーワードの TL が複数並んでるウィンドウを眺めるのだが、他のコトをしてて、他のウィンドウの後ろに置きっ放しの時は、一番端っこに配置されてる、リアルタイムストリームな Home だけがチラリと垣間見れる。

垣間見れる Home の TL は、フォロワ数が多いコトもあって、常に下に下にと人々の投稿が流れ続けているのだが、時折、目の端で、ちょっと流れのリズムが崩れる時があって、うっかり視線を持ってかれる。そんなコトが意外とちょくちょく起きるのだ。

どうやらいわゆる、つい消しを見た!というヤツらしい。その影響で、つい消しされたポストの下にあったポストたちが、通常の流れに逆らって一斉に1ポスト分、上に上がるのだ。

その動きはほんの一瞬なのだけど、↓↓↓↓↑↓という動きは、着目してなくても……というか、むしろ、視線の中心にないくらいの時に最も目を引くのだ。

何が書かれてたかまでは見えなくても、どんなアイコンのポストが引っ込んだかは記憶に残る。

ついったなんてそれぞれ自分ルールで投稿してるから、ホントに多様な使い方がある。

個々のポストを、自分のためのログと捉えて、きちっと推敲していて、投稿した後で間違いに気づいて直すヒトもいる。そういうヒトはつい消しをしても、修正版の同じ内容を改めて投稿してたりする。

逆に誤変換上等で書き散らかすヒトもいる。在りし日の配偶者ついったは誤変換がひどすぎて、時折何を言ってるのかホントにわからないコトもあった。

一旦言いたいことを吐き出すだけ吐き出したら、一連のポストを消してしまうヒトもいる。投稿単位じゃなくて、ひとつのアカウントや複数のアカウントで、気まぐれに全投稿を消去してリセットしてしまうヒトもいる。

だから何が正解っていうのは全然ない。

個人的には、 bio にずっと載せてる通り、基本は独白散文のつもりでいる。で、「手からのオーラル」みたいな感覚で使ってる。なので、基本的につい消しはしない。一旦クチから発してしまった言葉って引っ込められない。

いくら機能として削除可能であっても、オーラル代わりの文字である限り、発してしまった後に、なかったことには自分自身が出来ない感じがしてる。

あと、現実問題、ついったのつぶやきをそのまま自動で方々に流してたので、各所削除して回るってのは非現実的だったし、全部消しきれない=消した記録がどこかに差分として残ってしまうので、無駄だと思ってたんだな。

記憶してるだけでは2回だけやったかな、つい消し。

ひとつは、 DM のつもりでメアドを表に流出してまった時w もうひとつは何だったかきちんと記憶してないけど、明らかに間違った情報を投稿してしまって、以降に誰かが見かけて鵜呑みにしてしまってはシビアによろしくないなって思うレベルだったんだろう。

おいらのついったなんて、間違った知識のポストや先走りポストが平常運転みたいなもんなんだけどねw 自分の信頼度が下がったり、自分の馬鹿晒す程度で、他に大きな影響ないのはそのまま放置。

手からのオーラルってヘンなのかな。アタマの中で考えてるコトをクチで説明するのはむしろ、苦手意識あるので、文字でちゃちゃっと投げつけるついったの方がおいらには結構しっくりくるんですよね。

アウトプットデバイスがクチじゃなくて、ひと昔前なら筆記、イマドキならタイピングの方がラクなヒトって、一定数いると思うんですが。

そういう意味で、実物のおいらと話すより、ついったで喋ってるおいらの方が、素の本物に近い気がしてる。勿論、ネットには現実世界のおいらがしている行動の全てがあるわけではないけれど。

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