コンゴ飯(Ndunda na tomson)、直近ライブ情報アップデート

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コンゴ飯

おいらが食べてるわけじゃなく。

しかしインスタの embed ソースコード、相変わらず異様に長いな…。


……と、ついったにも?の写真を「美味そう」って投稿したところ、ついったの友人の一人から、この写真のほうれん草の緑が嫌で、料理の食彩感覚から、改めて自分はニポン人だな、みたいな自覚に至った、と言われた。

コンゴ飯 vs ニポン人、か、コンゴ飯 vs 世界、かは定かじゃないけど、おいら自身も、はじめてコンゴ飯各種を見た時、わりと衝撃受けた記憶は、未だ薄れない。や、失礼ながらね、正直ここまで第一印象の悪かった料理もそうそうないようには思う。

味もわりと独特かな。アフリカ他エリアもよくは知らないけど、西の方は赤いって印象で、独特っていったらエチオピアのインジェラあたりがよく取り沙汰されるけど、インジェラ程に特筆するほどでもない、という微妙なラインで独特な感じ。

でも、コンゴ飯に限らずだと思うけど、

食べてみる
→数度食べてみる
→若干食べ慣れてくる
→好きな料理嫌いな料理、がわかってくる

………そこまで行ったら、写真見ただけでもだいたい味の想像がつく。味の想像がつきさえすれば、それが好きな味であれば美味そう、に至る。

ビジュアル的に「無条件な美」にはなり得ない配色の、ピーナッツソースの赤茶色と火が通って黒ぐろとした葉っぱの緑、それがベチャベチャと入り混じったもの、であっても、「美味そう!」の条件反射には至れるのだ。万人にとっては、ではなくても。

イカスミのなんちゃら、みたいなやつならいい例えになるかな。あれだって、既に食べた体験か、少なくとも知識が皆無だったら、真っ黒な料理、そもそも美味そう不味そうの基準の俎上にものらないのでは。

なまじ多様な各国料理文化に馴染んでる分、想像力の働かせられない料理ジャンル自体が少ない。少ない分、そういうものへの反応は、むしろ保守的なのが一般的なんだろうな。

そうやって考えると、経験・知識の有無、から生じる想像力の有無、って、状況によっては相当重要なんだな。


…と、料理の名前らしきものをついったで教えてもらった。

Ndunda na tomson

だそう。

Ndunda は、いつものリンガラ語オンライン辞書には「野菜」としか載ってなかったけど、野菜全般じゃなくて緑色の野菜のことなんだって。
で、Tomson はアジの揚げたもの。

…にしても、相変わらずコンゴ飯らしい直球そのまんまな名前ではあるなw

直近ライブ周りメモ

Stino のライブは当初の日程からちょいズレで8/10になった模様。忘れ物取りにいつものコンゴ人バーに行ったら、ちょうど昨日フライヤー出来上がったトコだった。

連れはまだ調整中っぽい。

6月の Fataki くんの方も、フライヤーに載ってる連れになるかはまだ怪しげ。

昨日あたりここでも話題にしてた仏在住の某歌い手さんの話をしてたら、「あっ、その人連れにしたらいいかも!いいな!」っていきなり電話してたけど、笑える理由で敢えなく却下になっとった。

相変わらず来年以降もデカい夢を目論んでるっぽいので、ちょいちょい煽っていきたい。